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コラム

矯正医官

平成3年から少年鑑別所の医務官をしている。あっという間と感じていたが、30年以上も経っていたとは夢のようである。

入職のきっかけは、年子続きで3人目の子どもが生まれ、一旦病院勤めから離れていた頃、医局のボスからかかってきた一本の電話であった。休職からそろそろ1年になり仕事に戻りたいという気持ちが出てきた時でもあった。あなたにぴったりの仕事と言われ、少年鑑別所とは耳慣れない職場であったが、非行少年という存在に興味を惹かれ引き受けた。矯正医官としての非行臨床の始まりであった。

国家公務員という身分、非行・犯罪者が対象、心理職に囲まれての一人職場と、何もかもが初体験であり、新鮮な出会いの連続であったが、何より驚かされたのは、非行少年のほとんどが「良い子」だったことだ。ほとんどの子がこちらに対して無防備に心を開き、いろいろなことを包み隠さず話してくれた。当然、最初は防衛している場合もあったが、それはその子の受けてきた傷付き体験からすれば至極当たり前のことであった。「非行少年」と呼ばれてここに入ってくる子達は、このような子ども達、すなわち生育歴の中で心に傷を受けている子ども達だったのだと、目から鱗が落ちるのを感じた瞬間を、私は今もまざまざと覚えている。

ただでさえ弱い子どもがそれまでの生育歴の中で相当傷付きを重ねているが、それでもなお諦めずに心を開き、依存を向けられる大人を求めている、それほどに十代の子ども達は可愛く、痛々しい存在であった。可愛いこの子達のために何とかしてあげたい、何とかより良い方向に導かれるように道を整えてあげたいという気持ちが湧くのは自然なことであった。

京都少年鑑別所では、精神科医も心理技官の一人として少年を担当し鑑別結果通知書を作成する。通常精神科には紹介されてこない「普通の」非行少年達と関わらせてもらえたのは、私にとってこの上なく貴重な経験であった。「普通の」非行少年達を見ていたからこそ、思春期の依存的な心性が人をどのように突き動かすのかを知らされ、また幼少時期に受けた虐待が後にいかなる影響を及ぼすかを知らされた。そして、「普通の」非行少年達の中に、未診断のAD/HDやASDの子ども達が大勢いることもわかった。私にとっては、発見の驚きや感動の連続であったと言っても過言ではない。

法務省で心理技官の仲間に加えてもらい、非行少年の鑑別と診断、治療的介入等に精魂を傾け仕事できたことは幸せだったと思っている。ここで経験したことが、今の私の大部分を作っている。精神科医としてはかなり変わり種だが、非行少年と少年矯正が好きで仕方ない、そんな精神科医が一人くらいいてもよいだろうと、自分に言い聞かせている今日この頃である。 (定本ゆきこ)

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